JEMCO通信

「グローバル展開」の現場から

グローバル展開の現場から|海外生産する時の注意点|第五回現地化の重要性|人の現地化(その2)

文責:ジェムコ日本経営 コンサルティング事業部 高橋功吉

 

前回は、「人の現地化」の必要性について述べた。出向者が現地事情を十分理解しておくことが必要であると共に、経営の現地化推進の重要性、また、これらへの計画的な取り組みができていないケースが意外に多いことを述べた。今回は、その具体的な推進方法の例ついて述べる。

◆ローカル人材の育成

 ローカル人材の育成責任は出向者にあることは前回述べた。しかし、現実には出向者は多忙を極めていることが大半で、正直、自らローカル人材の教育に時間をとるということは難しいことが大半だ。

 出向者が多忙となる原因は、大抵、日本側にあるケースが多く、日本が「内なる国際化」の推進が図れていないために、直接ローカルの責任者に問い合わせすれば良いものまで、日本人出向者に問い合わせや指示をしてきているという例は多い。高い人件費を払って、出向者に電話番をさせているようなもので、これが出向者の仕事になってしまっているというのでは話しにならないが、海外各社をご支援していると、こういう例は多い。

ところで、出向者が電話番役になっているかどうかは別として、現地の出向者が忙しいのは、いずれの拠点も同じである。それでは、限られた時間の中で、どのようにして人材育成を図れば良いだろうか。先ずは、経営人材の育成から述べることにする。

◆各種の検討会議は、最大の人材育成の場

 正直、教育ということで出向者が先生役を担って勉強会等をするということは、極めて難しい。勉強会のテキストの準備も大変だし、そのような時間がとれることはほとんどない。従って、筆者は、日常行なわれる各種の会議を、経営を勉強させる場と位置付けることを推奨する。例えば、月次の決算検討はどの企業でも行なわれているだろう。ローカルの次を担う中核メンバーに参加させ、資金や利益の計画差異の内容、その原因、また、部門別の計画進捗や計画差異を明確にする中で、それぞれの働きが、どう資金や利益に影響したかを明示しながら、資金を守るために行なうべきこと、利益を守るために行なうべきことを理解させていくということだ。実際、月末の棚卸で滞留在庫があれば、それによって、いくらの資金が寝ていることになるのか、いつ、現金化するのか等を論議することで、B/Sを健全に保つことへの理解やB/Sの圧縮取り組みが、どう資金に影響するかも理解できるようになる。また、このように、結果としての経営数字は、すべて、各部門の取り組み結果ということになるので、計画を守るために、自部門は何をやらないといけないかを、その場で問いただすことで、経営への理解も深めることができる。

 これら経営の基本が理解できてくると、各部門責任者は、自分の働きが自社の経営結果にどう影響するかがわかるようになり、やりがいも出てくるようになる。ちなみに、筆者の経験では、決算見通しが計画未達の見通しだった時に、ローカルの幹部メンバーが集まって、リカバリー案を作成してくれるまでになったことに感動した経験がある。各種の日常の会議は、経営の推進管理そのものであり、その場は、経営を実践勉強する場なのだ。これを徹底して活用するということを是非意識していただきたい。


◆昇格する時が一番勉強できる。昇格候補者研修等の積極推進を

 海外各社では、昇格は、各部門長推薦をベースに、社長が決めているというケースもあるが、昇格できるか否かがかかっている時こそ、勉強をさせるチャンスと言える。この研修に通れば昇格でき、給与が上がるのだから、皆が真剣に取り組むのは当然のことである。従って、この機会を活用しない手はない。方法としては、昇格候補者研修を企画することだ。
 管理職であれば、マネージメントの基本等を勉強させると共に、一つ上の階層として求められる事項(例えば、自社の課題を踏まえて自部門が取り組むべき事項を整理させ、その課題解決にむけた推進計画と実践推進状況を報告させる等)をテーマにするなど、上位職の立場でできる必要がある内容を研修テーマとして設定することだ。大切なのは、最初の計画段階、途中の進捗段階でも報告会等を行ない、指導していくことだ。

出向者の役割の大きな一つは、経営の現地化が図れるだけの人材育成にあるので、忙しい中でも、これだけは自ら時間をとって指導するということが大切と言える。

◆技術・技能の伝承

 続いて、人材育成の中で大切なのは、技術・技能の伝承ということだ。特に、専門職については、これが命であり、この力が競争力の源泉になる。方法としては、日本などへの計画的な派遣である。

設計者の育成、金型等の設計や加工等、内容にもよるが、場合によっては、2年、3年という計画的な取り組みが必要である。自社で生産する新製品の開発・設計や、自社で使う金型の設計や加工を経験させ、自らできる力をつけさせることだ。特に、日本などで研修させると、内なる国際化の遅れた日本本社の改革にもつながり、また、日本で研修することで日本語も話せるようになることから、その後の技術移管もスムースに進みやすくなるということもある。現地会社としては、お金を支払っても、日本などに研修に行かせることで、技術ノウハウの移転を図ることだ。また、ローカル人材にとっては、大変なモチベーションアップにもなる。大切なことは、毎年、送り続けるという継続性である。


◆出向者人材の育成

 最後に、出向者人材について一言述べておきたい。海外拠点における失敗の中で多いことの一つが出向者人材に起因する問題である。製造がわかるということだけで現地の経営責任者に登用したものの、資金繰り一つもわからないということでは、たちどころに経営危機に陥ることもある。実際、インドや中国などでは、売掛金の回収問題が多発している。利益しか見ずに、売掛金が未回収であることに気付きもせず売り続けたらどうなるだろうか。資金が回らなくなり倒産の危機を迎えることになる。海外拠点は単なる製造拠点ではなく、一つの独立した会社なのである。税務調査に入られることもあるし、人事制度そのものも、その国独自のものにせざるをえないことが大半だ。組合問題もそれぞれで異なる。これらに対応できなければ現地の経営はできない。海外展開にあたっては、製造がわかれば何とかなるというような安易な考え方で出向させると、出向者が苦労するだけではなく、経営そのものがおかしくなるということも多いということだ。事前に、経営の基本については、しっかりと理解させた上で出向させることが必須だ。

 筆者は、昨年、「ものづくり経営入門」という本を執筆したが、これは、会社の経営をする上で、最低限、理解しておいていただきたい事項をまとめたものだ。キャッシュフロー経営の推進の重要性等を解説した本はあるが、それを具体的に、どう現場で実践すれば良いかまで記載された本がなかったことから執筆することにした。海外出向前には、是非、一読していただければ幸いである。

余談になるが、先日、海外から帰任された方が、この本を購入され、コメントを下さった。「出向前にこの本を読んでおけば良かったというのが感想です。」という有難いコメントだった。

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